鹿児島地方裁判所 昭和27年(ワ)318号 判決 1955年6月21日
原告 中尾正人
被告 国
訴訟代理人 今井文雄 外一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金二百万円及びこれに対する昭和二十七年十一月三十日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、
(一)原告の先代干代之助は、鹿児島県川辺郡笠沙町大字片浦字小浦崎ノ山市之助鼻地先、通称市之助漁場(以下本件漁場という。)において、定置漁業権を有し、該漁業に従事していたものであるが、昭和二十三年四月三日に死亡したので、原告がその権利を承継した。
(二)被告は同町大字大浦及び赤生木地先に農林省経営の大浦潟干拓工事(以下本件干拓工事という。)を施行し、その第一期工事は百七十一町歩にわたり、昭和十八年に着工して昭和二十四年六月に潮止工事をし、第二期工事は第一期工事の延長工事として百九十九町歩にわたつて昭和二十六年四月に着工し昭和三十年三月に竣工することを予定して工費約三億二千万円の予算で該工事を進めつつある。
(三)本件漁場においては、過去幾世代にわたり、主とし鰤、マンパカジキ、サワラ等が獲れ、小浦附近の漁場の中では最も漁獲高があつたものであり、戦前、すなわち、昭和十二、三年頃から終戦頃までは当時の貨幣価格で一カ年平均一万六千二百五十円程度の漁獲高があつた。しかしてこれを現在の魚類の価格に換算すれば、終戦以前の価格は昭和二十六年当時の価格の約三百五十分の一であるからその倍数によるべきであるが、仮りにこれを二百倍とした場合、終戦以前は一カ年平均金三百二十五万円程度の漁獲高があつたことになる。
(四)しかるに、戦後、すなわち、昭和二十二年から同二十六年までの一カ年平均漁獲高は金八十三万三千九百三十八円で、これを終戦前の魚類価格に-二百分の一として-換算した場合は僅かに四千百六十九円余に過ぎず、つまり昭和二十二年以降の本件漁場における漁獲高は終戦前のそれに比較して著しく減少している。
(五)原告は右のような漁獲高の不振が被告の本件干拓工事に由来するものではないかとの疑念を懐きながらも、他面また海洋その他の一時的自然現象によるものではないかとも考えて時の推移を待つたが、依然として漁獲高は復せず、しかも本件漁場以外の他の漁場における漁獲高は戦前のそれに比較して何ら遜色のない状態にあるので、種々調査したところ、結局本件漁場の漁獲高の減少は本件干拓工事に基因していることが判明した。
すなわち、本件漁場は、被告の第一期工事潮止堰堤から三粁乃至四粁を隔てて大浦湾を扼する北西の小浦部落から北方に延びた小半島の突端附近の通称市之助鼻から東方海上二百七十米の個所に位置し、いずれの漁場もそうであるように自然的条件下に魚類の通路にあつたが故に自然発生的に漁場が成立したものであるが、本件干拓工事は、湾口から約四粁余の奥行を有する大浦湾の大部分を埋め立てることにあるため、その工事の進捗につれて、湾口乃至本件漁場沿岸の潮流に変化を来たし、なお、埋立工事が沖の方へ進むにつれて湾の遠浅が沖へ進出し、そのために海面が混濁しこれが漸次本件漁場に及び、それらの理由から魚類の回遊に変化を来たし、そのために本件漁場の漁獲高が減少するに至つたのである。
(六)仮りに本件漁場の漁獲高の減少が、右に述べたように、本件干拓工事に直接基因しないとしても、なお右工事の間接の影響によるものである。すなわち、本件漁場附近にある訴外中村喜徳が漁業権を有する松島漁場は、本件干拓工事に着工した昭和十八年から同二十四年までの間に当初の免許漁場から沖に三百五十間その位置を延長し、その後昭和二十六年には遂に漁場の位置を全く変更したのである。これは勿論所管官庁の許可によるものであるが、これを許可した理由は、右漁場が本件干拓工事によつて悪影響を受け、その漁獲高が減じ又は減少する虞があつたためである。
しかして右松島漁場の位置の延長乃至変更により従来は本件漁場に回遊していた魚類が松島漁場において捕獲されることになつたため、本件漁場の漁獲高が減じたものであり、結局本件漁場における漁獲高の減少は本件干拓工事の間接の影響によるものである。
(七)本件干拓工事と本件漁場における漁獲高の減少との間における前記のような因果関係は通常認識され得べき関係にあり、かつ、被告は右のような因果関係を認識していたのであるから、被告は原告がこれがために受けた損害を賠償すべき責任があるものといわなければならない。しかして原告の本件漁場についての漁業権は漁業法施行法に基ずき昭和二十六年九月に消滅し、その賠償として原告は金百八十万円を受領したのであるが、それ以前すなわち昭和二十二年以降右消滅当時に至るまで四カ年の漁獲減収高は一カ年平均少なくとも金二百四十一万六千六百円でその累計は金九百六十六万六千四百円である。
よつて原告は右損害額中金二百万円とこれに対する本件訴状の被告に送達された日の翌日である昭和二十七年十一月三十日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだと述べ、被告の主張に対し、
(一)本件干拓工事が仮りに行政官庁の免許乃至承認を得た形式上適法な行為であり、かつ、その施行の方法が右免許乃至承認の条件に沿うものであるとしても、他人の権利を侵害することを知り、又は過失によつてそれを知らずに敢えてその行為をする場合には当然他人の損害を賠償すべき責任を負うものであるというべきであり、従つて被告の本件干拓工事は違法性を阻却するものではない。
(二)次に被告は、漁業権は公益のためには常に制約を受けるものであり、本件干祐工事もまた公益事業であるから、たとえ原告の本件漁場についての漁業権が、右工事によつて事実上制約されるところがあつたとしても、原告は漁業権者としての権利主張をすることができないと主張するけれども、漁業権を制限し又は取り消すのは法定の事由がある場合にのみすることができるのであつて、行政行為としての制限、取消がない以上一般私権としての権利主張ができるのは当然である。
(三)最後に原告が被告の本件干拓工事に同意を与えたとの被告主張事実は否認する。仮りに原告が第二期工事に同意を与えたものであつたとしても、一般に被害者の承諾による行為の違法性の阻却は、被害者が単に加害者の行為について承諾するばかりでなく、併わせて損害賠償請求権の放棄を承諾することを必要とするものと解すべきであり、原告は損害賠償請求権を放棄することを承諾してはいないのであるから本件干拓工事は違法性を阻却しない。のみならず、原告の代理人である弟中尾重賢は損害の補償を受けることを前提として右第二期工事に同意したのであるが、その後損害補償について考慮されていないことを知るや、錯誤によつて同意したのであるから右同意を取り消す旨を被告の工事代表者に申し出ているのであるから、本件干拓工事が原告の同意によつて違法性を阻却することはない。
と述べ、立証として甲第一乃至第三号証(うち第一号証は一、二)を提出し、証人中尾重賢(第一回乃至第三回)、渡辺亀太郎、西与吉、上野広、林静二、山下恵、木場英弥、山元丈次、上塘功、金森政治、森蔵助の各証言を援用し、乙第一乃至第四号証(うち第三号証は一、二)の成立を認め、同第五号証については中尾重賢の印影部分のみを認めその余の部分は知らない、同第六号証の一、二、第七号証の成立は知らないと述べた。
被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中第一、二項は認めるが、同第三、四項は知らない、同第五項中本件漁場の位置が原告主張のとおりであること及び本件干拓工事が湾口から約四粁の奥行を有する大浦湾の大部兄を埋め立てるものであることは認めるが、本件漁場における漁獲高の減少が本件干拓工事に基因することは否認するその余の事実は知らない。同第六項中訴外中村喜徳が漁業権を有する松島漁場が原告主張のとおりその位置を延長又は変更したことは認める(但し、沖に三百五十間であることは否認する。)が本件漁場の漁獲高の減少が右漁場の位置の変更に基因するものであることは否認する、同第七項中原告の本件漁場についての漁業権が漁業法施行法に基ずき昭和二十六年九月に消滅しその補償額が原告主張のとおりであつたことは認めるがその余の事実は否認する。仮りに本件漁場において原告主張のような漁獲高の減少があつたとしても、それは本件干拓工事に基因するものではなく海洋気象等の変化あるいは終戦後における原告の漁場経営の規模及び技術の貧困、拙劣等に基因するものであると述べ、その主張として
(一)原告の漁業権は、本件干拓工事によつて侵害されていない。すなわち、原告は本件漁場の定置漁業権者であつたと主張するが、定置漁業権とは、行政庁の免許のもとに、私人が特定水面を占有し漁具を定置して特定の水産動植物を採捕することのできる権利である。元来何人も海面、河川等公共の用に供する水面において水産動植物を採捕することは自由であるが、漁業法はこれを制限して、特定人のための独占的利用の保護を図り、行政庁により特定人に特定水面の独占的利用権を賦与することとしたのであつて、このような漁業権の賦与は、直ちに漁業権者に対し、当該水面における一定数量の収獲の保障を与える趣旨ではない。すなわち原告は本件漁場内において定置漁業を排他的に行うことができたに過ぎないのであつて、漁業権を取得したからといつて、当該漁場内の魚類を直ちに所有又は占有する訳でもなく、また、漁場内に一定数量の魚類の回遊を期待し、その漁獲を挙げ得べき権利乃至は法律上の地位を有するものでもない。従つて原告の採捕行為を直接かつ現実的に妨害し、又は漁場自体を毀滅させて操業を不能ならしめたりすれば格別であるが、本件のようにたまたま原告の漁場区域外の水面において被告が干拓工事を実施し、その結果潮流その他に変化を生じ、従前に比較して漁獲高が減少したからといつて、これをもつて被告が違法に原告の漁業権を侵害したものとはいうことができず、原告の挙げ得べかりし漁獲高の滅少を被告が賠償すべきいわれはない。
(二)本件干拓工事には違法性がない。すなわち、
(1)本件干拓工事のうち、第一期工事については、元農地開発営団が主要食糧自給の強化を図るため農地造成の目的をもつて、昭和十八年に鹿児島県知事から公有水面埋立法第二条による埋立の免許を得て着工し、同知事の命令を遵守して干拓工事を続行して来たもので、その後昭和二十三年に国が農地開発営団から本件干拓工事を引き継ぐことになり、すでに第一期工事を完成し、現在第二期工事を続行中であるが、第二期工事についても国(所管庁熊本農地事務局)は前記同様の目的のため、昭和二十六年十月五日に同県知事から公有水面埋立法第四十二条による埋立の承認を得たうえ、同知事の命令を遵守して本件干拓工事を続行しているものである。このように本件干拓工事は適法な行政庁の免許又は承認を受けたものである以上干拓計画の樹立及び干拓工事を施行したこと自体には何等の違法もなく、かつ、工事の施行方法は免許又は承認の際の命令に従い、干拓工事上妥当とせられる方法によつてなされ、埋立権の濫用その他不法にわたる事実がないから、本件干拓工事には違法性がなく従つて被告には原告主張のような損害賠償の義務はない。
(2)仮りに干拓工事によつて他に損害を与えた場合においては、たとえ右干拓工事が行政庁の免許又は承認を受けていても、なお企業者は民事上の不法行為責任を免れないものであるとしても、本件干拓工事には違法性がない。このことは本件干拓によつて生ずる社会的経済的利益と原告が被つたと称する損害とを比較衡量してみれば自ら明らかである。すなわち、本件干拓は、農地の造成という公益上の目的に出たものであることは前敍のとおりであり、その面積は三百七十町歩に及び、それによつて生ずる社会的経済的利益は厖大なものである。これに反し漁業権は行政庁の免許によつて私人がこれを原始取得する私法上の権利ではあるが、同時にそれは公益のための目的に制約されるところが多いものであり、しかも本件漁場の経済的価値は本件干拓工事の追求する社会的経済的利益に比べ著しく少いものといわざるを得ない。このように公益上の目的に出で、かつその結果の社会的経済的効用の大きい干拓工事を被告が適法な手続の下に行うに際し、本来公益のために制約を受けるべき原告の漁業権の内容が事実上制約されるような結果を招いたとしても、不決行為上の違法損害が発生したということはできず従つて被告は右損害を賠償する義務はない。
(3)しかのみならず、原告自身も本件干拓工事について同意を与えているのであるから右工事に違法性はない。なお本件干拓工事により原告等漁業権者が受ける損害の補償については、第一期並びに第二期のいずれの工事においても、その着工前に国と原告等漁業権者、笠沙町及び笠沙町議会等との間に各漁業権者がそれぞれ漁場の位置を移転することについて相互に承認することとし、国(大浦干拓建設事業所)が右漁場移転について協力することを条件として、各漁業権者は国に対し損害の補償を要求しないことの協議が調つたものである。
以上のように本件干拓工事が適法なものである以上、たとえ右工事により本件漁場における漁獲高が減少したとしても、その損害は社会的共同生活の必要上これを認容しなければならない程度のものであつて、被告には原告主張のように右損害を賠償する義務はない。
よつて原告の本訴請求は失当として棄却さるべきであると述べ、立証として、乙第一乃至七号証(うち第三、第六号証は各一、二)を提出し、証人唐仁原等、瀬戸山喜義、姥徳一、中村喜徳、池辺清蔵の各証言並びに鑑定人金森政治の鑑定の結果を援用し、甲第一号証の一、二の成立を認め、同第二、三号証の成立は知らないと述べた。
理由
原告の先代千代之助は本件漁場において定置漁業権を有していたところ、昭和二十三年四月三日死亡したので、原告がその権利を承継したこと、被告が原告主張の如く本件干拓工事を施行し、その第一期工事及び第二期工事の模様、進捗状況並びに本件漁場の位置が、いずれも、原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。しかして証人中尾重賢の証言(第三回)により真正に成立したものと認められる甲第三号証、証人中村喜徳、山下恵、中尾重賢(第二回-後記措信しない部分を除く。)の各証言を綜合すれば、本件漁場の主要漁獲物は鰤でありその他ソーダカツオ、カジキ、サワラ等の漁獲があり、戦前すなわち昭和十三年から昭和十七年までは一カ年平均二万五千五百三十六円位の漁獲があつたところ、戦後すなわち昭和二十二年から昭和二十六年までの漁獲高(笠沙町漁業協同組合から所轄税務署に報告した控による。)は
昭和二十二年度 六十二万四千五百二十四円
昭和二十三年度 九十三万三千四百二十八円
昭和二十四年度 八十六万五千五百九十六円
昭和二十五年度 五十八万七千二百十一円
昭和二十六年度 百三十四万九千四十三円
となつていることが認められる。従つて右昭和二十二年乃至昭和二十六年の漁獲高は一カ年平均八十七万千九百六十円となることが計数上明らかであり、以上の事実に戦後における貨幣価値の低落が甚大であつたことの公知の事実と証人山元丈次の証言を綜合すれば、本件漁場における戦後の漁獲高は戦前のそれに比較して相当に減少しているものということができる。
そこで右のような漁獲高の減少が本件干拓工事並びに松島漁場の位置の変更に基因するものであるか否かについて検討する。
原告は、本件干拓工事の進捗につれて湾口乃至本件漁場沿岸の潮流に変化を来たし、また埋立工事が沖の方へ進むにつれて湾の遠浅が沖へ進出し、そのために海面が混濁してこれが漸次本件漁場に及び、更に松島漁場の位置の変更等の理由から魚類の回遊に変化を来たし、本件漁場の漁獲高が減少したと主張する。けれども、これに符合する証人中尾重賢(第一、二回)、林静二の各証言は、後記の証拠に対照してたやすく信用し難く、その他にこれを認めるに足る証拠はない。却つて証人姥徳一、渡辺亀太郎、西与吉、上野広、中村喜徳、金森政治、森静二、中尾重賢(第二回-証人林、中尾については前記措信しない部分を除く)の各証言並びに鑑定人金森政治の鑑定の結果を綜合すれば、本件干拓工事により附近沿岸近くを流れる潮流に変化を生じたこと、また降雨の際の海水の濁り方が従前に比較して甚だしくなつたことが認められるが、戦後における漁獲高の減少は独り本件漁場及びその附近における地域的現象たるに止まらず、広く鹿児島県下乃至全国的の一般現象であることが認められるのみならず、松島漁場の位置の変更は当事者間に争いのないところであるけれども、定置漁業の主たる目的魚である鰤、シビ、カツオ、メジカ、サワラ等は外洋性を有し従前の干拓された浅い海辺まで押し寄せることは殆どなく、これ等の魚類には別に沖合から定置網に乗網する魚道があるから、本件干拓工事による潮流の変化は沿岸定置網に乗網する魚群の魚道に対して何等の変化も影響も与えていないこと、また海水の汚濁は降雨の際に限られる一時的現象に過ぎず、しかも距離が遠ざかる程海水の汚濁することは少いものであり本件漁場の位置は原告主張のように干拓現場から三粁余の遠距離にあるため、海水の汚濁により魚群が乗網しないということは殆どないことが認められるから本件漁場における漁獲高の減少が本件干拓工事並びに松島漁場の位置の変更に基因するものとは認めることができない。
敍上の如く、本件漁場における漁獲高の減少が本件干拓工事並びに松島漁場の位置の変更に基因することが認められない以上、原告の本訴請求は爾余の点について判断するまでもなく失当として棄却すべきであり、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 森田直記 小出吉次 緒方誠哉)